この記事では、Nulbarich「CLOSE A CHAPTER」の全曲レビューをやっていきます。
「CLOSE A CHAPTER」は2024年12月5日、武道館での活動休止ライブ直後に告知され、急遽、12月11日にリリース。現時点でのラストアルバムという位置付けの作品です。
Nulbarichが残した最高の置き土産。
その魅力に迫ります。
(各レビューの巻末には、フロントマン/JQによる一言解説を添えておきます)
※引用元 CLOSE A CHAPTER – Nulbarichのアルバム – Apple Music
改めて…Nulbarichとは
Nulbarichは、JQ(Jeremy Quartus)を中心として2016年に結成された、日本のバンドです。
このバンド最大の特徴は、メンバーが固定されておらず、演奏形態に応じてバンド編成を変えるという点にあります。
その正体は最後まで謎に包まれていたものの、ライブでは卓越した演奏技術で観客を魅了する、唯一無二のパフォーマンスを発揮していました。
Nulbarichの楽曲は、生演奏とそれらをサンプリングして作り上げられた、ロック、ファンク、アシッドジャズ、R&B、J-POPなど様々なジャンルを横断するグルーヴィーかつ大胆なサウンドと、英語/日本語が混在したユニークな歌詞で構成されています。
特筆すべきはその「混ざり具合」で、音楽プロデューサーとして有名なmabanua氏は「痒い所に手が届くバンド」と彼らの音楽性を高く評価していました。
Nulbarichの楽曲を初めて聴く方へ
ちなみに、Nulbarichの楽曲を一度も聴いたことがないという方は、まずは有名アーティストとのコラボ楽曲から聴いてみることをおすすめします。
※こちらの記事で詳しく紹介しています。是非、御覧ください。
※ここから先は敬称略
Opening -intro-.
Nulbarichのアルバムはイントロから始まるのが恒例となっているが、「CLOSE A CHAPTER」もその例に漏れず。
シンセのモヤがかったサウンドからは、単に高揚感を煽るだけではない、明るさと悲しみが混在するかのような曖昧な空気感が漂う。
「終わり」が「始まる」瞬間をうまく捉えたプロローグ。
JQによる解説
まさに今の心境というか、終わりなのか始まりなのか、楽しみなのか悲しいのか、色んな感情のopning。
Believe It
軽快な8ビートで駆け抜ける、彼らが長らく扱ってこなかった、疾走感のあるロックナンバー。
「持っていたものを失った」と喪失を吐露しながらも「もう一度手にすることができる(はず)」と自らを鼓舞する歌詞が印象的。
また、サビで連呼する「believe it」は、「信じている」というよりは「信じるしかない」と言い聞かせているように感じられ、敢えて例えるならば、Kendrick Lamar 「All right」のNulbarichバージョンと言ったところか。
そうした心境が反映されたMVでは、悩みながらも悲しい過去や思い通りにいかない現状を乗り越えていこうともがく青年の姿に、「一旦」活動休止を決断したJQを重ねてしまう。
最後の台詞「次に会うのは、8万年後…」が沁みる。
JQによる解説
結局全部背負って前に進まないといけないけど、それをどういうふうに進むかを書きました。
遊園
人気プロデューサー/mabanuaが手掛けたこちらの楽曲は、まさかの原点回帰。
初期の名曲「NEW ERA」をアップデートさせたかのようなレイドバックしたサウンドに、当時の熱狂が思い起こされ、無意識に首が動いてしまう。
しかし、そんな多幸感溢れるサウンドに乗せられた歌詞は、なんと自身の失恋エピソード。
後のインタビューによって、偶然できた組み合わせであることが判明したが、軽いノリに重めの歌詞、という近年の洋楽的アプローチに辿り着くあたりに、常に洋楽をリファレンスとしてきたNulbarichらしさを感じた。
JQによる解説
プロデューサーのmabanuaさんが思うNulbarichを表現してくれた曲。
Don’t Waste It On Me
反復するギターが一際耳を引き付ける、USの王道R&Bに振り切った楽曲。
加工されたコーラスが曲に幻想的な雰囲気を付与し、1曲目からの地続きを思わせる。
こういった歌モノで真っ向勝負もできるのがNulbarichの強みのひとつであり、当然のように完成度は高いが、高すぎるという懸念も誤解を恐れず付け加えておく。
JQによる解説
ストレートな歌詞にメロウなトラック。
個人的には色んなフィルター無しでストレートな曲にできました。
この王道感が好きです。
Words
これぞNulbarich!な節回しがもはや懐かしい、ハッピーマインド全開のポップソング。
ポジティブな歌詞も相まって底抜けに明るく、驚きは無いがその分、安心して聴くことができる。
最後の詩的な表現が、バンド名の元となった「何もないけど満たされている」と通底しており、この曲にリスナーが求める「Nulbarichらしさ」を残してくれたように感じられた。
JQによる解説
これはいつか出したかったのに10年近く眠っていた曲。
ということは、10年以上僕が好きなままの曲です。ぜひご賞味あれ。
chapter xxx (demo)
デモ音源の制作過程(恐らく初期段階)を録って出し、なドキュメンタリー。
ラフな質感はそのままに試行錯誤の様子が伺える手法は、Thelonious Monk 「Thelonious Himself」を想起させる。
単純なギターフレーズと少しのドラムだけで形作られた、極々シンプルな演奏からは「Spread Butter On My Bread」のようなネオソウルの片鱗を感じ取れる。
曲として完成することなく終わってしまったデモを、聴き手としてどう捉えるべきか…。
現時点では、言葉にならない「諦め」と「受容」を暗示する、アルバムの本質を突いたインタールードと受け取っている。
JQによる解説
これは未完成の過程をさらすという作品です。
スタジオをウロウロしながら作り上げてる時のままで、ちょっと恥ずかしい。
Neon Sign
ここから数曲は、遊びの効いた楽曲が並ぶ。
その皮切りとなる「Neon Sign」は、シンプルなドラムとハンドクラップが心地よい、Princeを彷彿とさせるファンクナンバー。
バッキングとリフ、2つのギターが先導する「渋い」展開は、私としてはかなり意外だった。
ここまでロック、R&B、ポップ、と曲ごとに異なる側面を見せてくれたNulbarichだが、活動初期からアシッドジャズの素養を見せていた彼らにとっては、この楽曲の演奏が極致なのかもしれない。
ドヤ顔で歌うJQの顔が目に浮かぶ。
JQによる解説
色んな顔を持っているのが僕らの面白さでもあり、この曲はファンクな感じ。
こういう曲がアルバムの栓閉め役だったりします。
DAY (Sunny Remix)
PUMPEEをフィーチャリングに迎えた「DAY」のRemix。
構成も変更されており、ボーカルパートはJQひとり。
PUMPEE節全開のコミカルな印象だった原曲が、細かく刻まれたハイハットからなる、トラップ以降のビートと強調された鍵盤の音色によって、より現代的でスタイリッシュな楽曲に生まれ変わった。
肩肘張らずに聴ける、この心地良さがNulbarichの真骨頂。
JQによる解説
もうずっと仲のいいプロデューサーSunnyとのRemix。
彼の色褪せないビートが大好きです。
Mirror Maze
「DAY (Sunny Remix)」からの地続きとなる「Mirror Maze」
ここまでスピード感のある変則ビートは、これまでのNulbarichにありそうでなかった音像だが、不思議と違和感なく聴くことができた。
「Liberation」への繋がりもスムーズで、聴き手のテンションを徐々に上げていく。
ちなみに、mabanuaが手掛けた楽曲ということで、「遊園」との関連性も気になるところだが…個人的にはあまり関係ないと思っている。
JQによる解説
ここぞとばかりにプロデューサーmabanuaさんのマインドを覗けた曲。
良いケミストリーが起きている気がします。
いつかこの曲で暴れてみたい。
Liberation
今日的なUKガラージの引用、多様性との向き合い方を示唆した歌詞、その先にあるLiberation(解放)。
2020年代前半を象徴する、割と重めなテーマを扱っているにも関わらず、浮遊感を伴ったビートのBPMはNulbarich史上最速!
先の2曲で勢いづいた流れを止めることなく、この楽曲でアルバムは最高潮を迎える。
ビートメーカー/JQの魅力が詰まった、MVのように踊り出したくなる傑作。
JQによる解説
多様性と解放。
今まさに世の中が向き合っているテーマだと思います。
曲を作る過程で、自分に対しても色々気づかせてもらった大事な曲。
Traffic Jam -skit-
ここから先は「CLOSE A CHAPTER」の最終楽章。
こちらの楽曲については、JQによる解説文が全て。
つべこべ言わずに黙って聴くべし。
余談だが、アルバムを手にしてからの数日間、JQが言及した「一旦しゃがむ」の真意を探ろうと何度も調べ、考えている。
そんな時にこの曲が聞こえてくると、未だに目頭が熱くなるのだ…。
JQによる解説
こちらはNulbarichの鍵盤ヤマザキタケルによる、アルバム最後の曲「Lights Out feat. Jeremy Quartus」の別解釈としての書き下ろしです。
美しい。
Lights Out feat. Jeremy Quartus
高い音階で奏でられる鍵盤の旋律が印象的な、アルバム最後の楽曲であり、8年に渡るバンド活動を締め括るフィナーレ。
タイトルにわざわざ「feat.~」と表記している所に、バンド/Nulbarichがソロ・アーティスト/JQを送り出そうとする意図を感じる。
恐らく、この楽曲の為に「CLOSE A CHAPTER」は制作されたのだろう。
湿っぽい別れが苦手そうな彼らのイメージ通り、その音像は晴れやかで、どこか物悲しい。
「Lights Out」によって、NulbarichからJQへ手渡されたバトン。
アルバムを何度も聴き直しながら、その「先」を見せてくれる日を待とうと思う。
JQによる解説
Nulbarichが僕自身を一人の人間としてゲストに招いた曲です。
これが想像できてなかったら活動休止後、僕はいなくなってしまう。
この形がイントロで整理できていなかった色んな感情の一旦の答えです。
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